柴犬のblog

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米警官による黒人男性殺害を政治利用する人たち

アメリカの警官が黒人を殺害する話はたまに話題になり、その都度暴動が起きるので「またか」と思うのだけど、どうもこの話、単に黒人差別によるものじゃなさそうだって感じがしてきた。

この手の話があると「人種差別はよくない」だとか「いやいや黒人の犯罪率が高いし武器を持ってるかもしれないから仕方ない」だとか、いろんな意見が交錯することがある。今回も被害に遭った黒人男性は偽札を使ったとか、前科があるとかいう話もある。前科があったからって武器も持ってない人間を長時間押さえつけて殺す必要はどこにもないわけで、この件に関しては当該警官とそれを止めなかった警官が殺人の容疑で逮捕されるのは当然のことであろう。

この事件のほかにも、黒人の女性が殺害されたとか、とくに事件について調べる気がなくてもTwitterのTLに流れてくる。なぜかといえば外国人レスラーをフォローしているからだ。彼らはとくに政治的な発言をして受けようと思ってるわけではなく、実際に人として気になることをRTしたり意見を言ったりしている。この件に関して、警官に問題があることは疑う余地はない。それが差別であろうとなかろうと。

だが、この件を警官の無法行為以外の方向に持っていこうとするのは些か賛同できない。根底に人種差別があったとしても、この件は単なる警官による民間人虐待死亡事件でしかないからだ。

まず暴動を起こす黒人もおかしい。人種差別に抗議するのと破壊活動をしたり略奪をしたりすることになんの関連があるというのか。そういうことをするから黒人はレベルが低いと言われてしまうのだ。もちろん白人も便乗しているのだが、あのような連中は軍隊を用いて排除すべきだ。

次に、よくわからない活動家たちがここぞとばかりに人種差別反対!と騒ぎだす。まあネットで言うくらいならいいが、デモを行う。日本におけるデモは暴動と化すことは滅多にないが、だからといってデモ行進は迷惑そのものである。いくら合法的なものとはいえ、デモを見て「なるほど俺も賛同するわ!」なんて思うことはまずない。単に騒いでるうるさい連中である。このネット時代、そうやって目立たなくても正しいことはきちんと広まるのだ。なので、デモを行うという時点で個人的には胡散臭いと思えてしまう。これは署名活動なんかも然り、いわゆる活動というものはまともな神経の人間がやることではないのだ。

自分はわりとまともな部類の人間なので、言いたいことはTwitterやブログでひっそりということにしている(笑)

 

さて、国内外でこの話題はいま持ち切りであり、暴動、抗議デモ、その他いろんな人が活動している。その多くは「人種差別」というお題目によって正当化されている。でもね、いま現在、本当に人種差別というものが存在するんだろうか?

黒人に貧困層が多いことで、教育レベルが下がり、犯罪率が高いのは事実だけど、だからって黒人が飯を食おうとして黒人お断り!なんて言われることがあるのだろうか。街を歩いていて石を投げられることがあるのだろうか。自分は外国に行ったことはないが、そういう光景を見たという話も聞いたことないし、別にそんなことはないんじゃないかと思うのだが。

逆に黒人枠の進学や採用もあるらしいし、日本でいう障害者支援のようなものが黒人には存在しているようだし、国の制度としての差別(たとえば、選挙権がないとか)も存在しているとは思えない。

まあ、黒人を見下すような白人至上主義者(いわゆるKKKのような)もいるにはいるんだろうけど、そんなのは在特会のように一般市民からは白眼視されていることだろう。差別的に見下す人はいるだろうけど、社会制度として差別は存在していない。黒人だからといって石を投げるような奴がいたとしても、それは単なる暴行犯でしかなかろう。いかなる背景があろうと、法で裁けばいいことだ。黒人とみるや虐待するような警官も然り、単に法で裁けばよいだけの話だ。まあ不思議なのは世間が騒がないとなかなか逮捕されないというところだが。

で、外国人をフォローしていると、いろんな記事が回ってくる。警官が市民に暴行しているものも少なくはない。そして衝撃的だったのが、警官隊にのっそり近寄り、なんか文句を言った白人男性が警官に突き飛ばされ、足がもつれて転倒し頭から血を流して倒れるというものだ。

彼は武器も持ってないし、暴力も振るっていない。どうも高齢の男性のようだけど、突き飛ばす必要などみじんもないのがわかる。しかも、倒れた男性を心配するようなそぶりを見せる警官は一人もおらず、身構えて二の太刀を浴びせようとする警官すらいた。男性はそのまましばらく倒れたままのようだったけど、話によればその後病院に搬送され命に別状はないとのことだった。

この件で言えることは、別に警官は黒人だから殴り倒すわけでも射殺するわけでも押さえつけて殺すわけでもなく、単にいらっときたら殴る、突き飛ばす、ということなのだろうと思う。まあ黒人だからという理由でやるやつもいるのかもしれないが、基本的には単に粗暴だというだけだ。

そもそも、なんで武器を持たない人間を攻撃するのか?襲ってきたわけでもないのに攻撃するのか?警官は常にカメラをつけて勤務しているのだから、何か悪いことをすれば処分されるのはわかりきっている。さらにはスマホの普及で誰でも写真や動画を即座に撮影し、世界中に公開することができる時代である。普通の感覚なら法に背くことはしない、首になったり逮捕されたりしたらつまらないと思うはずだ。でも、こういう警官の犯罪は後を絶たない。日本で職質で市民にやがらせをする警官はよくいるが、だからといって殴りかかってきたりはしないだろう。アメリカの警官がいかに異常かというのがわかる。

まさに問題にすべきなのはこの点であって、人種差別がどうのこうのではない。なにしろアメリカの警官は人種を問わず虐待をしているのだから。

しかし、マスコミや一部の活動家などはこの問題を人種差別という方向へ転嫁してしまう。いまの時代、実質的に「差別」なんてものは存在しない。単に個人的な好き嫌いがあるだけの話だ。問題なのは、その個人的な好き嫌いをもとに行われる「違法行為」のほうだ。黒人を侮辱するような発言をしたとしても、それで失われる命などない。しかし、背景に何があろうと実際に手を下す人間がいれば、人の命は失われる。

警官によって黒人男性が虐待され殺されたということを糾弾するには、「黒人だからやられた!差別だ!」ではなく、「警官が市民を虐待し、殺害した」ことのみについて行うべきだ。妙な尾ひれがつくと問題の本質が覆い隠されてしまう。それでは粗暴な警官はいなくならないのだ。